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大阪地方裁判所 昭和45年(わ)821号 判決

主文

被告人井上昇を罰金二〇、〇〇〇円に、被告人大成則博を禁錮一〇月に各処する。

被告人井上においてその罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。

被告人大成に対し、この裁判確定の日から二年間その刑の執行を猶予する。

訴訟費用中国選弁護人滝井朋子に関する分は、被告人大成の、証人松本梅吉に支給した分は、その二分の一を被告人井上の負担とする。

被告人井上昇に対する本件公訴事実中業務上過失傷害の点につき、被告人井上は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人井上昇は昭和四四年九月二五日午前三時三〇分頃、大阪市住吉区我孫子西二丁目一番地先付近の東西に通ずる道路において、呼気一リットルにつき0.25ミリグラム以上である1.0ミリグラム以上のアルコールを身体に保有して酒に酔い、その影響により正常な運転ができないおそれのある状態で普通乗用自動車(トヨペット、RS四一型四〇)(奈五な一二八五号)を運転した。

第二、被告人大成則博は自動車運転の業務に従事するものであるが、前同日前同所同番地先付近の南北に通ずる道路において、酒気を帯びて普通乗用自動車(プリンス)(大阪五め六三六一号)を運転し、同所付近の交通整理の行われていない交差点を南へ直進するに際し、同交差点は左右の見とおしが困難であつたのであるから、減速徐行して左右道路の交通の安全を確認したうえ、さきに交差点に進入し、あるいは進入しようとしている車両等の存在しないことを確めたうえ進行し、もつて他車との衝突事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにもかかわらず、不注意にもこれを怠り、時速約五〇キロメートルの高速度で同交差点を突破進行した過失により、その時右方道路から同交差点へさきに進入し時速約五キロメートルで徐行しながら東進してきた井上昇(当時四〇才)運転の普通乗用自動車左前部に自車右前部を衝突させ、よつてその衝撃により同人に安静加療約三週間を要する脳振盪等の傷害、自車に同乗中の竹上ヤス子(当時二九才)に入通院加療計約五五日間を要する顔面挫創、頸部捻挫等の傷害、川中和江(当時二四才)に入院、休業加療計三六日間を要する顔面挫創等の傷害をそれぞれ与えたものである。

(証拠の標目)〈略〉

(法令の適用)〈略〉

(被告人井上昇に対する業務上過失傷害の公訴事実に対する判断)

被告人井上昇に対する本件公訴事実中、業務上過失傷害の点については、被告人は、「昭和四四年九月二五日午前三時三〇分頃普通乗用自動車を運転し、大阪住吉区我孫子西二丁目一番地先の交通整理の行なわれていない交差点を西から東に向かい直進するに当り、同所は一時停止の道路標識が設置されているうえ、左右の見とおしが困難であつたから同交差点直前で一時停止のうえ左右の安全を確認して事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠り、右交差点直前で一時停止はしたものの左右の安全を確認することなく時速約五キロメートルで同交差点に進入した過失により、折りから左方道路から同交差点に進入してきた大成則博(当時二八才)運転の普通乗用自動車右前部に自車左前部を衝突させ、よつてその衝撃により右同人に対し加療約一カ月を要する頭部顔面挫創等の、右車両に同乗中の竹上ヤス子(当時二九才)に対し加療約五五日を要する顔面挫創等の、同川中和江(当時二四才)に対し加療約三六日を要する顔面挫創等の各傷害を負わせた」というにある。

よつて判断するに、判示掲記の各証拠および被告人の検察官事務取扱副検事に対する供述調書を総合すると、被告人は前記普通乗用自動車を運転して前記日時頃同所付近道路を東へ直進するに当り前記交通整理の行われていない交差点に差しかかり、一時停止の「止まれ」との道路標識に従つて交差点直前(交差点の中心点から約7.6メートル手前の地点)で一時停車した後、左右の安全を確認しようとしたが、左側はトタン塀が設置されており、右側は空地に高さ約1.5メートルぐらいの垣根があつていずれも見通しが悪く、広範囲の望見ができないので、さらに約一メートルくらい時速約五キロメートルで最徐行しながら進行し交差点内へやや進入した地点で一たん停車して当初北側(左方)を望見し、次いで南側(右方)を見たが、既に交差点に進入している車両はもちろん、交差点に向つて進行してくる車両等の存在しないことを確認し、さらに時速約五キロメートルで徐行し、交差点の中心線手前約一メートル付近の地点に差しかかつた際、北側(左方)から高速度で同交差点に進行してくる車両の前照灯の照射に気付き直ちに急制動措置をとり、約一メートルくらい進行した地点に急停車したが、北側から同交差点に時速約五〇キロメートル以上の高速度で直進し、同交差点を突破進行してきた大成則博運転の普通乗用自動車(プリンス)がその右前部を停車中の自車左前部に激突したものであることが認められる。

以上の認定事実によれば、被告人の本件交差点における進行方法は、道路標識に従つた一時停止(道路交通法四三条本文参照)徐行(同法四二条)など交通法規に則つた適切なものといわねばならないのであつて、何ら咎めるべきものが見出し難いところである。検察官は、公訴事実において被告人が一時停車したものの左右の確認をしていない旨主張しているが、前記各証拠とりわけ被告人の当公判定における供述、被告人の司法警察員に対する昭和四四年一二月四日付供述調書(第六項)、検察官事務取扱副検事に対する供述調書、司法警察員作成の実況見分調書および、一たん停止をしたものは、通常左右の安全を確認するのが、経験則上自然の筋道であることなどに照らせば、むしろ被告人が左右の安全を確認したことが認められるのであつて、左右の不確認の事実を認定することができないし、本件全証拠に徴しても他にこれを認めるに足る証拠はない。

そして、被告人が前記のように左右を望見した後、本件交差点、道路状況から現認することができなかつた車両等は、既に自車が交差点に進入しており、かつ、本件交差点は前認定のとおり道路交通法四二条所定の「交通整理の行なわれていない交差点で左右の見とおしのきかないもの」にあたり、進路およびこれと交差する道路はともにあまり広くない道路で、ほぼ同一の幅員であるから、たとえ、相手車(大成運転の車両)の進路は一時停止の標識がなく、被告人車の進路にその標識があつても、相手車は同法四二条の徐行義務は免除されないのであるから(最判昭四三・七・一六刑集二二巻七号八一三頁参照)、被告人は現認できなかつた車両が交通法規に従い交差点手前で減速徐行し、適宜停車しうるような状況で進行し危険を未然に防止してくれるものと信じて、そのまま最徐行しながら交差点に進入したものであるから、このことをもつて、不注意ないし業務上の過失があるということはできない。すなわち、自車進路に一時停止の標識のある交通整理の行なわれていない交差点においても、一時停止し、左右を確認したうえ、徐行しながら交差点を通過すれば足りるのであつて、本件相手方大成のようにあえて交通法規に違反して、時速約五〇キロメートルの高速度で、交差点を突破しようとする車両のありうることまでも予想して、さらに他方道路の安全を幾度も繰り返して確認し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務はないものと解すべきである(なお、最判昭四三・一二・一七刑集二二巻一三号一五二五頁参照)。よつて、被告人井上に対する業務上過失傷害の公訴事実につき、同被告人は無罪であるので、刑事訴訟法三三六条に従い主文のとおり判決する。

(吉川義春)

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